オピオイド系薬の蔓延とセーフ・インジェクションサイト

子連れソーシャルワーク留学 in カナダ vol.107 ソーシャルワーク・タイムズ vol.185

· メンタルヘルス,制度政策

しばらくご無沙汰してしまいましたが、皆さまお変わりありませんでしょうか。今年は冷夏だったカナダですが、今週は夏のように暑かったです。厳しい冬がくるのが怖いです…

さて、今日は薬物依存に関するお話です。

現在、カナダでは「オピオイド」と呼ばれる麻酔薬および麻薬の蔓延が大きな問題になっています。

日本緩和医療学会によると「オピオイド」(opioid)とは、「麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称」と述べられています(※1)。慢性の痛みに対する鎮痛薬として処方されることが多い薬です。

歌手のプリンスさんもオピオイド系の薬の過剰摂取(オーバードース)で亡くなったとされています(※3)。

カナダでは少なくとも2016年の1年間で2,816人の方が、オピオイド系の薬の過剰摂取で亡くなっており(※2)。2017年は確実に3,000人を超えるであろうと言われています。

オピオイド系の薬はカナダでは1996年に認可され、鎮痛薬などとして処方されています。比較的簡単に手に入るようになったことも依存症や過剰摂取による事故を増やす原因として考えられています。

処方された薬を飲んでいただけで依存状態になってしまった人もいるといい、一部の方の問題だけではありません。

現在では様々な場所で、オピオイド系の薬が売買されているようで、他の薬物と混ぜたり過剰摂取をすることで、命に関わる事故に発展することも多いのです。

先日、救命救急の部署で看護師として働いている友人が、ここ数年薬物の過剰摂取で運び込まれる人が非常に増えたと教えてくれました。

薬物のオーバードースによる搬送が増えているため、州の医療費を圧迫しているとも言われています。

このような状況に対応するように、カナダのバンクーバーには「セーフ・インジェクション・サイト」(安全に注射できる場所の意味)といって、看護師など専門家が常駐していて、薬物が安全に摂取できる場所があります。

薬物使用はカナダでも違法ですが、薬物の使用を全面的に禁止したり罰則を厳しくするよりも、専門家の指導のもとで安全に使用することで事故を減らし、専門家の介入を可能にすることで依存症から抜け出すことにつなげるという「ハームリダクション」の考え方が採用されているのです。

トロントでも薬物の過剰摂取による事故の多さが深刻になっています。2017年8月、ボランティア団体がトロント市内のある公園に「セーフ・インジェクション・サイト」の仮設テントをたてました。毎日午後4時から午後10時に開設されていて、専門家の指導のもとに薬物を使用することができます。 

このテントでは、延べ約1ヶ月で1,000回の利用があり、オーバードース(過剰摂取)に対する対応を26回行ったとのこと。この地域でのこのサービスへのニーズが非常に高いことがわかります。また路上生活をしていたり、貧困状態にある方も多いので、テントでは軽食も準備しているそうです(食べ物のカンパを募っています)。

これからの季節はトロントは非常に寒くなるので、現在の簡易テントではなく、建物の中で同じサービスを行うことができるようにするとのことです。

この動きに呼応して、トロント市の保健局(Toronto Public Health)と地域のヘルスセンター(民間保健所のようなもの)が協働して、専門家の管理の元で安全に薬物が使用できる場所の提供、スーパーバイズド・インジェクション」サービスを開始することが決まりました(※4)。 

後日追記:2018年12月現在、トロント市内には8箇所のSupervised Injection Services(安全に薬物を摂取できる拠点)があります

このいわゆる管理下における安全な薬物摂取は、過剰摂取による事故を防ぐだけではなく、注射器の使い回しによる感染症(HIVや肝炎)の広がりを防ぐという意味もあるそうです。トロントでは実はすでに、注射針の無料配布も一部で行っているそうです。2015年は3ヶ所で延べ5万人に対し、140万本もの針を配布しているそうです(※4)

このようなサービスがあると聞くと、まるで薬物利用を推進しているようにも聞こえるかもしれません。しかしすでに科学的根拠で示されているように、薬物依存は罰するだけでは治らないのが現実です。

今回のテントの設置やトロント市の決定は、専門家の下で適切に使用することが、事故を防ぎ、さらには薬物依存から脱する第一歩となるという「ハームリダクション」の考え方が根底にあります。 

ハームリダクションの考え方は社会全体の人に対する寛容さとも深い関係があると感じています。このことについては、また別の機会に考えたいと思います。

※4 City of Toronto : https://www.toronto.ca/community-people/health-wellness-care/health-programs-advice/supervised-injection-services/